幼児教育におけるピアジェ理論の重要性
大妻女子大学教授
日本幼年教育会理事長
滝沢武久

新しい時代に生きるには、自ら考え自ら学ぶ主体的な能力と、豊かな社会性、人間性を備えた人間を必要としています。そういう人間形成の最も基盤となるのが、幼児教育です。したがってこれからの幼児教育は、従来の教師指導による知識詰め込み型のものから脱皮して、幼児の発達に沿ってその主体的な活動を重視する指導へと変換させていくことが不可欠です。この新しい幼児教育の在り方の理論的基礎を提供しているのが、ピアジェ理論です。幼児教育にとってピアジェ理論は、次のような点でとくに重要な意味をもっています。
(1)   子どもの思考の発達段階を明らかにし、おとなの思考と子どもの思考との質的 な相異があります。 子どもは小さなおとなではなく、各発達段階でそれ特有の感じ方や考え方をする独自の存在です。したがって、それぞれの子どもの発達にふさわしい活動こそ、豊かな発達が期待されるのです。

(2)

 すべての思考は、感覚運動的活動に起源を持っています。 感覚運動的活動が内面化し構造化することによって、論理的思考が生まれてきますが、幼児期は思考の内面化と構造化が始まったばかりの時期なので、おとなの思考とはかなり異なります。幼児は頭だけで考えるのではなく、身体も使って考えます。また、その思考は、論理的というよりも直感的であり、それだけに想像力が豊かにはたらきます。

(3)

 子どもの思考が発達するためには、自己中心性からの脱却が不可欠なので、そのために友だちとのかかわりがきわめて大切です。 幼児は友だちといっしょにかかわりながら遊ぶのが大好きです。そしてそういう友だち関係の中で物事を自分の立場だけからみる自己中心的な見方を脱して、相手の立場にも立って考える見方が生まれ、自分の立場と相手の立場とをうまく協調させるようになっていきます。こうして子どもの中に、論理的思考のみならず、社会的能力が育ち、思いやり心と自律性とが身についていきます。

(4)

 子どもの思考力は、正しい知識が累積されて発達していくのではなく、子ども が自分の考えの過ちに気づき、自ら修正していく活動を通して発達します。おとなが与える知識を子どもがどんなに多量に覚えてても、それは決して思考の発達には結びつきません。子どもが自分で探索して得た知識をめぐって、その中に含まれる過ちに気づき、自分でそれを訂正していく努力によってのみ、子どもの思考の発達が可能となるのです。

(5)

 子どもの発達は、個人と環境との相互作用を通して進行します。子どもが発達するには、遺伝や成熟のような個人の素質的なものだけで可能となるのでもなければ、訓練のような環境からのはたらきかけだけで可能となるものではありません。子どもが自ら環境にかかわり、それによる環境からの反作用や応答に即して、子どもが新たな仕方でかかわっていくという相互作用が、発達には不可欠なのです。この相互作用においてとくに大切なのは、環境にかかわろうとする子どもの知的好奇心と探求心、および自分の思いに沿って環境を変化させたという実感にもとずく達成感と有能感です。

(6)

 思考がはたらくには、常に感動や意欲のはたらきが不可欠です。ピアジェ理論は、思考の発達を中核として体系化されているからといつでも、決して主知主義的立場に立つものではありません。むしろ逆で、感情や意欲を思考の働きのエネルギーとみなして、情意面 もかなり重視しています。実際、興味、関心、活動の楽しさ、成功の喜びや感動、自身等は、思考のはたらきに欠かすことができません。知情意は、一体としてはたらくものなのです。

このようにみてくると、発達にとって最も大切なのは、子どもの主体的活動だといえます。ピアジェ自身、子どもの自発的な能動的活動を重視する「活動主義教育」の推進に努めました。この教育思想は、欧米に深く浸透していきましたが、とくにアメリカでは、構成主義教育として新しい展開をみせています。構成主義とは、知識は受身的に与えられるものではなく、子どもが能動的に構成するものだという立場に立つ理論であって、ピアジェ理論がその基盤に据えられています。そしてこの視点にもとずいて編み出されたのが、構成主義教育であり、教育会の主流になろうとさえしています。このことからも、ピアジェ理論が現代の教育にきわめて大きな影響を与え続けているといえるでしょう。